自己紹介

はじめまして

スマイル治療院の石橋直也です。院をオープンしてから早くも半年が経ちました。前の院を引き継ぐにあたって、あまり時間もなくバタバタ状態。子供の出産も重なり、皆さんにきちんとご挨拶できずにここまで来てしまったので改めてご挨拶させて下さい。

生年月日は1987年10月2日。今年で37歳になります。11月に娘が生まれました。
コーギーを飼っており、毎日楽しく散歩をしています。
私の特徴を簡単にまとめてみました。


生まれ~大学

生まれは福岡県小倉南区です。小倉競馬場やモノレールが走っていたことを今でも覚えています。
父親の仕事で福岡県宗像市に引っ越し小学校から高校までを過ごします。
宗像市は自然豊かな場所で、幼少期はザリガニ釣りや山で秘密基地を作るなど自然に触れる機会が多かったです。宗像市は宗像大社という世界遺産にも登録されている交通安全祈願で有名な神社があります。
高校卒業後、自立した生活に興味があったことと、自分のことは自分でやってみたいという想いがあり、大学生から一人暮らしをするため、熊本にある崇城大学という学校に入学しました。専攻していた応用微生物工学科でお酒の研究に没頭していました。
大学の卒論では麹に音楽を聞かせることで、麹の酵素活性が上がるのか?という研究をしておりました。植物に音楽を聞かせると甘くなった、などの実例があるアレを麹に応用できないかと考えたわけですね。私の研究では麹に音楽を聞かせることで酵素活性に一定の変化が認められる。というところまでたどり着き、これは音楽の振動ストレスが麹に影響を及ぼしたのではないか、と酒造メーカーの方に興味を持ってもらうことができ、研究は後輩に引き継がれることになりました。
今は細々ではありますが、音響麹としての実績が認められ、美容甘酒の生産に用いられているようです。
一人暮らしを始めてからは料理に熱中し、レシピ本を端から端まで自分で作ってみて一通りのものは自分で作れるようにもなりました。

パン屋に就職

大学で発酵食品を研究していたという繋がりから山崎製パン株式会社に就職し、就職と同時に千葉県松戸市に勤務することになりました。
山崎製パンでは菓子パン課という部署に配属され、コッペパン、あんぱん、ランチパック等、スーパーによく並んでいる製品の生地作成を担当していました。パン工場での仕事は想像以上に力仕事が多く、30キロ以上ある粉や砂糖等の原料を一日に何度も担ぎ上げ、300キロ以上ある生地ボックスを手作業でなんども移動するなどかなりの重労働でした。
一日12時間以上の労働、夜勤と日勤の入り混じったシフトで体が悲鳴を上げ、とにかく辛い体をなんとかしたいと「りらくる」「てもみん」などの大手リラクゼーションに行ってみたものの、体が大きく筋肉質であったためか、とにかく力でギュウギュウ押されることばかりで体を楽にしたくてお店にいったのに酷い揉み返しになるばかり・・・まだ若かった私は申し訳なさから、セラピストの方に痛いとか力加減を調整してくださいとは言えませんでした・・・
この頃はリラクゼーションのお店に行くのは本当に嫌いになっていましたね(笑)
しかし、何故か人の肩を揉むのが大好きで上司や同僚の肩を見つけては揉んでいるという不思議な人になってました。
身体がゆるんだり、人に触れられていると普段は言えない愚痴や悩み等を打ち明けてくれる人が多く、よく人の肩を揉んでは「最近どうなんですか~?」
を繰り返してました。人の体と心がほぐれる瞬間をこの頃に感じていたのかもしれません。
普段から体を鍛えていたことと、若かったことから過剰に自分の体を信じており、無理な働き方を続けた結果、仕事中にギックリ腰を発症。トイレにすら行けない状態。でも仕事も休めない。。。
腰椎コルセットと痛み止めを過剰摂取してなんとか仕事をこなしていました。リラクゼーションですっかり施術嫌いになっていた私は人の手を頼らず、自分自身でなんとかすることを選んでしまいました。
結果としては長年の力仕事と長時間の立ち仕事の影響で、変形性股関節症、足底腱膜炎を発症。ずいぶんと体を痛めつけていましたね。。
勤務10年目の時に、友達の紹介で妻に出会い、和歌山と千葉、片道10時間の遠距離を乗り越え結婚することになりました。
妻にプロポーズするまで2か月。行動力だけはあったのかもしれません(笑)
10年目にして役職に昇進し、結婚もしたため、よりいっそう仕事を頑張ろうと思っていた矢先、今まで無理していたことが影響したのか適応障害を発症。。
会社を休職することになったのですが、責任感が人一倍強かったことから、自分を責め続け、メンタルが安定するまで半年ほどかかりました。
この時に、子供の頃からの夢だった犬(コーギー♀)を飼うようになり、私のメンタル回復にも大きく貢献してくれたと思います。
今でも毎日メロメロで、写真を撮りすぎてスマホの容量を圧迫しています(笑)
この時の経験から、人間無理をしてしまうと心や体に影響が出てしまうということを学びました。

今度は携帯ショップに


悩んだ末に山崎製パンを退職することになり、転職活動をすることになりました。
結局自分は何がしたいのか・・・?考えても全くわからず、答えは出ませんでした。
当時通っていた美容室の担当さんから「あなたは人当たりが良いから絶対に接客業をしたほうが良い。」
と何度か言われていたことを思い出し、まだ自分では答えが出ていませんでしたが、人と関わるのが好きであったことから、携帯ショップの店員に転職します。
接客業は自分に合っていたようで、人が笑顔で返ってくれる瞬間が非常に楽しく、どのようにすればお客様が笑顔になれるか?分かりやすく理解してもらえるか。
そんなことばかりを毎日考えていましたね。この時は仕事に熱中しすぎて妻と少し険悪になったのを反省しています。。
楽しく仕事をしていた影響なのか、社内で新人賞、年間MVP、グループ表彰、顧客満足度部門表彰、など数々の表彰をしていただきました。
今までパンとばかり向き合っていた自分が直接お客様と接することで喜んでもらえることが本当に嬉しかったですね。
成績を残していたことから、1年で店長に昇進、店舗も大型店へ移動することになりました。
慣れない環境、部下の育成、日々のクレーム対応。。
ここでも無理をしすぎてしまい、またしても適応障害を発症してしまいます。本当に無理はよくないですね。。

整体の道へ


会社は退職することになり転職活動。。履歴書の資格を記入をしている際に自分の書ける資格は普通自動車運転免許のみ。。
あれ、自分には何もない。とこの時は思ってしまったんですね。
妻が多彩な資格を持っていたことから「自分も手に職をつけよう」と決意。
この時「整体」という道を選んだのは
・美容室で担当をしてくれていた方から、ふとした会話で「本当に人当たりが良いから、石橋さんみたいな人が整体にいてくれたらいいのになぁ・・・」
と言われたのが心に残っていた。
・重度の腰痛、変形性股関節症、足底腱膜炎。辛すぎる体をなんとかしたかった。
・中学生から筋トレをしていて、筋肉のことが好きだった。
・人の肩を揉むことで、心がほぐれる瞬間が好きだった。
思い返せばこれらが影響しているのかなぁと思ってます。
整体の資格を得るため、東京MTC学院という整体学校に入学。半年間でボディリラクゼーションコース、整体プロコースで基本的な手技、基礎生理学、基礎解剖学を学び整体師の資格を取得しました。
学校卒業後、新松戸にあるリラクゼーション店に勤務することになりましたが、やはりプロの世界。すぐに仕事というわけにはいかず、実際にお客様に施術するためには3か月の修行期間が必要でした。
勤務を続けていく中で、先輩方に教えてもらった「腰が辛いと言われたら腰をたくさん揉めば良い」というアドバイスに疑問を抱き、独学で身体検査や動作分析を学び始めます。そんな時に出会ったのが石垣英俊先生の「腰痛の実学」という本です。腰痛は上半身、下半身、内臓など様々な要因が重なった結果として発生しているもので、その原因を見分けなければならない。という考え方に感銘を受けました。
それから、お客様の体の不調はどこからくるのか?をベースとした施術に切り替えました。お客様から初めて「長年悩んでいた腰痛が解消された!!」と喜びのお言葉をいただいた時は本当に嬉しくなりました。

自費の治療院へ


この経験から、人を治すという経験を積みたいと思い、自費診療を行っている整体院へと転職します。
ヘルニア、狭窄症、変形性膝関節症、ギックリ腰。。本当に様々な症状で悩んでいる方が多く来院する店舗で、自分の知識や経験では全く通用しませんでした。
この時に身に着けたのがトリガーポイント療法、アナトミー運動学です。疼痛治療カレッジという治療専門のオンライン大学にも通い、解剖学や治療方法を学びました。同時にMSNメソッドという運動療法も学び、現在も運動指導や姿勢改善に用いています。
痛みで悩んでいる方、人生を充実させられていない方の悩みを解決し、喜んでもられるのは本当にやりがいのある仕事でした。
しかし、独自性を追求するあまり、実際には行っていない治療法を患者さんに必ず説明しなければならない仕事内容をどうしても継続することができず、退職をすることになりました。

再び迷い、決意


手に職をつけてからも2度の退職をし、いよいよ自分のやりたいことが分からなくなった時に「世界一やさしい「やりたいこと」の見つけ方」を出版されている八木仁平さんが主催する「自己理解プログラム」に出会い、3か月間自分自身に真剣に向き合いました。
自分の過去の経験、特性、などを振り返る中で、人が好きであること。課題を解決し、人に喜んでもらうことが好きであることを見出し、自分自身で整体をやることを決意します。
そんな時にこの「さわやかプラザ軽井沢」とご縁を頂くことができました。

整体院に勤めている時、患者様から「最初は痛みだったけど、先生に会って自分の体をメンテナンスすることの大切さが分かりました」と言われた言葉を今も大切にしています。
少し回り道をしましたが、みなさんのお体をよくすることで、みなさんを笑顔にできるこの仕事を天職だと思っています。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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